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法話
houwa
おもに18日観音様の法話を掲載しています。
発酵と腐敗
(令和4年9月18日)
今日は、9月18日観音様の日であります。
先月は、非常事態宣言は出ていませんでしたが、コロナウイルスの感染がとてつもない勢いで広がっていましたので、ライブ配信のみにいたしました。はやく、コロナが収束してほしいものであります。
さて、今年もあと3ヶ月あまりとなりました。コロナウイルスの感染、ロシアとウクライナの戦争、ここにきて急激な円安になりまして、輸入するものが品薄などが重なり、ものの値段が急激に上がってきました。
このままですと、値段が上がり続け、円安が収束する頃には、ものの値段が上がったままで、もう元の値段に戻ることがないのかと思ってしまいます。
ものの価値は、需要と供給によって値段が決まってきます。
ほしい人がいれば、値段が上がり、ほしい人がいなければ値段は下がるように。
世間一般に宝石というものがあります。ダイヤモンドにルビーやサファイアなど。
世界ではどれも貴重なものであります。しかし、このどれもが地中からの産物であることは、みなさんもご存じだと思います。
永平寺を開かれました道元禅師様はあるとき次のようにお話をされました。
ある日、修行僧が集まり、法話を聞いていたときに、教えて言われました。「風に向かって坐り、日にあたって眠る。時の人が錦の衣服を着るのより、まさると。」この言葉は、古人の言葉だけれども、少し疑問に思うことがあると。
時の人というのは、世間で利を貪っている人のことを言うのだろうか。もしそうならば、そのような人を、相手にするのは尤もくだらないことであり、あきれたものであると。
もしかして、仏道を行ずる人を云うのであろうか。そうならば、どうして錦を着ると云うことがあろうか。こうした心を察するに、衣服を重視する気持ちが表にあらわれたのだと見える。
本当の聖人はこうではあるまい。金の玉と瓦や石を等しくみる。すなわち執着しないものであると。
だからお釈迦様は、牛飼い女性の、差し上げたお粥もお食べになり、馬の飼い葉にする、麦もお食べになった。差別することがなかった。
仏の法において、物に軽重、かるい、おもいはない。人の心に深い浅いがあるのであると。
宝石などはとても貴重であるからもらうにはとても気が引けてしまう。ありふれている落ちている石は、もらうにはためらいはない。
宝石も、もとは土の中から得た物であり、大地から得たものである。それなのにどうして一方は貴重だからといって受け取らず、一方はありふれたものだと思って受け取る。
ここのところをよくよく考えてみないといけないと教えています。
人の考え方に発酵と腐敗というものがあります。
微生物の働きによって、有機物を分解して新しい物質が生成されます。
人にとって有益なものを発酵と呼び、有害になるものを腐敗と呼んでいます。
身近な食べ物に例えますと「納豆」が一番わかりやすいと思います。
この納豆、日本人でしたら食べられることを理解していると思いますが、外国の人に出したらどうなるでしょう?「この食べ物は腐っているではないか」と。
実は発酵と、腐敗のメカニズムは同じであります。
どちらも微生物の働きによって、有機物を分解して新しい物質が生成されます。
発酵と腐敗の違いは、
発酵とは、微生物が人間にとって有益な物質をつくりだすこと。
腐敗とは、微生物が人間にとって有害な物質をつくりだすこと。
であります。
日本人の立場で、納豆をみれば、発酵食品である、外国人であるならば腐敗していると、とられるかもしれないということであります。
つまり、その食品が発酵しているのか腐敗しているかは私たち人間の見識の違いによります。
人の見立てによって、有益なのか、有益でないのか、価値が分かれてしまうのであります。私たちはこのことをよく考え、仏道を学ぶものはよくよく考えを巡らさなければならないと教えられているのです。
「人の心に深い浅いがある」
この点を学ぶ者は、心しなければならないと教えられています。
(2022/09/18 心月齋 観音堂にて)
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